自己啓発をして、本当に成功できる人はどんな人か?
自己啓発の本質は、動きの中でしかつかめない。
脳の動き、体の動き、リスク対処の動き、全部動いて本当の知恵が身につく。
決して、自己啓発セミナーや本で習った知識が生きることはない。
自己啓発は、最終的には個人の力に委ねられる。
しかし、自己啓発セミナーに通う実践を何度もやっても、それはほんとうの意味での実践ではない。
知識はとても身につくし、ためになるものばかり。
知らない要理も知っておいたほうが絶対にいい。
ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』がずっと読み続けられているのもよくわかる。
しかし、知識と実践は全く別物だ。
自己啓発本のどの本も実践と行動ありきと書いてあるにもかかわらず、知識だけ吸収して、最初の数日だけ行動力があがって、結局元の木阿弥になる。
カンフル剤としてまた自己啓発本を買い込み、読み漁り(積読派もいるだろう)、自己啓発セミナーに通って実践したつもりになる。
しかし、実践の場は社会だ。
決してセミナーではないことは忘れてはならない。
それでも、忘れてしまうのが人間だ。
人は知っているというだけで満足して、ハングリーさを失う。
それが一番怖い。
できるようになっていることも恐怖だ。
しかし実践しないから、できることはない。
知識は更に積み上げることができるから、また満足をして、自己啓発知識の肥満体となる。
肥満になったらますます動かなくなる。
このループから逃れなければならない。
ハングリーさがとても大事だ。
飢えた狼のようにギラギラとした脳でいなければならない。
そこから本当の覚醒状態が始まる。
知識が行動を制限していたらもったいないし、知識が実践の中で削ぎ落とされて、本当の血肉となったものとなるまで、動くしかない。
知識の満腹状態では、集中力が発揮できない。
脳が覚醒する状態とは、究極の集中力が研ぎ澄まされて、無駄がなくなり、更にいうと追い求めもしなくなった状態で起きる(実際に身をもって体感し、そうだった!)。
集中力とは実践の中でのみ生まれる。
脳が戦闘態勢に入り、様々な生きた社会の中でもまれて、知識が本当の知恵となっていく。
実践で得た体感(反省しなければならない点、自信を持った点など)だけが、本当の自己啓発だ。
そりゃあ、セミナーも本も読み手や聞き手にとって、プラスのことばかり言う。
夢をたくさん見させてくれる。
可能性も付与してくれる。
しかし、本当に大事な実践と行動をまったく無視していないだろか?
人の脳が究極にまで無駄が削ぎ落とされた時の集中力は、どんな不可能な状況でも可能にしてしまう。
潜在能力が発揮された時、圧倒的な力を感じ、自分の殻を破ることができるようになる!
成功、お金、幸せ、健康を求めて、さまよい歩く人がいる。
それをセミナージプシー、自己啓発ジプシー、スピリチュアルジプシー、瞑想難民、ドクターショッピングなどと言われている。
今日はこのセミナー、明日はこのセミナーを続けていき、いつまでも自分が変わらないのに、セミナーだけは受けてしまう人のことを言う。
それが健康不安だったらドクターショッピングをして、何個も病院を変えて、異常がないか安心するまで通い続ける。
このジプシー状態は、つまり自分を無くしてしまっている証拠だ。
自分がない人間がいくら成功の知識や幸せになる方法を学んだところで、心底から身につくわけがない。
特に自己啓発ジプシーやセミナージプシーに人は陥りやすい。
様々な自己啓発本を読み漁るならばまだ読書家として褒め称えられるだろうが、それがセミナーだったら、ただ振り回されていることになる。
お金も時間ももったいない。
そして、一番怖いのがいちばん大事な自分を破壊してしまうことだ。
主体性がないからセミナージプシーになる。
人生の主役は誰かと言われたら、自分自身しかない。
セミナーに振り回されていないだろうか?
熱心に通うこと自体はとても素晴らしいし、その好奇心、行動力は貴重だ。
それは必ず将来生きてくるが、それも主体性があって、自分が人生の主になっていてこそ。
自分がセミナージプシー、自己啓発ジプシー、スピリチュアルジプシーにいつの間にかなっていないか気づくべきだ。
そして、放浪し自分の主体性を無くす前の自分を取り戻すべき。
搾取され続けたいのか?
相手を主役にして、自分は振り回されるだけなのか?
そんなことはない。
人生を変えたいのであれば、セミナージプシーになってはいけない!
目次
自己啓発書を読んで潜在意識が大事、そこから変わればいいと思って、時間を無駄にしていないか。
とどのつまり、潜在意識なんてセミナーで変えられるわけがない。
私はそれを経験してきているからよくわかる。
無意識から変わる時の強烈な実感をよく知っている。
メンタルが実態のない興奮状態になったところで、自分の脳が覚醒しているわけでもなく、一種の錯乱状態か催眠状態になっているだけ。
踊らせ、歌わせ、叫ばせ、けなしあわせ、褒めあわせ、夢を書き出させ、コーチングで煽られ・・・これらの低レベルな罠に乗っかる必要はない。
乗っかった時点で成功の階段から転落する。
それぞれの潜在意識を変えるメソッドを,セミナー側は偉そうにすごく効き目があると宣伝している。
しかし、深い脳や感覚の世界から見たら、お粗末すぎるほど脳と意識の上っ面しかかすることができていない。
そもそも潜在意識には錯乱しようが催眠に入ろうが、全くアクセスしていない。
しかも錯乱状態は心を疲弊させる。
本来の持っているエネルギーを奪い取り、その後の生活のバランスを悪化させる。
頂点と言われる自己セミナーにも100万で参加したことがあるが、そういう観点から見るとレベルの低さは変わらなかった。
あれも集団心理と踊らせまくる会場の雰囲気を利用した錯乱、催眠状態の一種だし、その状態で高額セミナーや物を買わせるという催眠商法に近いところがある。
世界の一流と言われているセミナーでさえ、結局はその低いレベルでしかない。
後に私はこの事実にショックを受けた。
またコーチング能力が高くても、それはそれですばらしい能力だしすごい人物なのだが、パフォーマンスは一流、本来の潜在意識を変える技術では三流だった。
だからこそ、岩波先生の指導を受けたことで完全に目が醒めた。
先生は脳内と無意識レベルに訴えかける分野で、世界の頂点に君臨している。
潜在意識や脳について価値観が一変した。
潜在意識? 変える? 願えば届く? これらは笑い話だ。
本当に潜在意識の奥の奥のもっと奥に入った時の実感は、強烈で衝撃的で、これを経験してしまうと、すべてが子供だましにしか思えなくなった。
すごいことはこれからだ。
脳が覚醒している状態が続いている時に、自分の成功を妨げている弱点が勝手に浮かんでくる。
知恵で思い出しているのではなく、舞い降りたり、勝手に閃いてくる。
その間も絶対的なモチベーションが湧き上がってきている。
すごく興奮しているが、とても冷静なところもあるし、自分の考えに全くブレがなく強さを感じる。
何が襲ってきても俺なら大丈夫だと思える。
不可能に思えることが何もなくなり、ダメだと思ってきたことが本当にどうでもいいことになっている。
これが絶対的な感覚だという感動に打ち震えていた。
その効果はその後の仕事の場でも続いていた。
脳の覚醒した状態は確かに刻み込まれていて記憶されていた。
モチベーションがずっと続いていたし、変な疲れもなく、脳がすっかり透明度を増していた。
そして私にとって大事な商談が待っていた。
ここを逃したら数億円は借金を背負うに等しい商談で、失敗は許されないものだった。
その後の私の会社の運命も変わっていくほどの。
そこで私は覚醒された脳、気合と同時に鋭利な冷静さをもって(自分でも驚いてていた)、かつてないほどの切れ切れな頭で商談相手と相対した。
メンタルドーピング効果と言われている精神状態で、いつも以上のすごい自分を出せた。
これは眠っていた能力を先生に引き出してもらったおかげだろう。
しかし、その脳は紛れもなく自分のものだった。
どのライバルがいたとしても、「俺が取る、取らないことは考えられない、最初から商談は成立している」としか考えられない状態だった。
だから相手も長く話しこまず、あなたに任せたいということになった。
私の脳が覚醒したことで「凄そうな人だから任せてもいい」という相手の直感と判断になったのだと思う。
交渉相手が決断を一任されていたことも幸いしたと思う。
その人とは確かに通じ合っていた、それも一瞬に。
会社もそれで救われたし、スリルある商談を成功できたことは大きな自信になった。
それにつけても、岩波先生の技術のすごさといったらなかった。
岩波先生の書籍『奇跡の脳覚醒 頂点を極める成功哲学』も併せて読むと人生が変えられます!
私は企業経営者です。
当時はまだ駆け出しで規模も小さく、会社を大成功に導くためには、私が自己研鑽し続けなければならないと思っていた。
あらゆるセミナーに参加してきたが、ある程度成功の法則を身につけることができて、会社もそこそこ軌道に乗り始めた。
自己啓発、成功の法則の弱点として、「すぐ行動に移せないから結局知識だけになる」というものがあるが、私は立場上行動しなければ会社が傾く状況だったから幸いだった。
さらに私は自己研鑽が必要だと思い、ある自己啓発セミナーの合宿を受けてみた。
そこはまさに自己啓発セミナーの恐怖と危険を体現していたセミナーだった。
人格攻撃を参加者同士にさせたり、大勢の前で自分の短所をさらけ出させたり指摘されたりして、吊し上げのリンチといってもいい感じで最初は進んでいった。
参加者はみんな異常な精神状態になっていった(これが後の人格崩壊化につながるのだが)。
私はそれもいい経験だと思っていた。
やはり自分の短所や欠点を知ることは大事だと思っていたからだ。
そして精神的に追い詰めれたところで、急に参加者を褒めあわせる。
またけなしあわせ、褒め合わせる。
これをずっと続けていた。
コーチ陣も鬼のようだったのが、最終日に急に優しくなり褒めてくる。
そして、最後は参加者は感動のあまり涙、嗚咽、絶叫のオンパレードとなる。
その仲間意識や感動の共有、セミナー合宿をやりきったという達成感でみんなバカになるという図式だった。
この麻薬効果でさらに自己啓発セミナーにハマっていく人は多い。
借金をしてでも、そして友達を失ってでも勧誘しようとして、結局全てを失うパターンだ。
当時私は一度は感情追い詰め型セミナーの経験しておくべきだと思っていた。
そしてまんまとセミナー側に心と感情をかき乱されたあげく、私は社員の一人に受けさせようとしてしまった。
それはセミナー側の勧誘に乗ってしまったからだから、我ながらバカだった。
取り返しの付かないことをしてしまった。
私は社員の一人に受けさせた。
どう変わるのか見たかった興味もある。
しかし、彼には本当に申し訳ないことをしてしまった。
彼がそのセミナー合宿から返ってくると、挙動がおかしかった。
最初は急にシャカリキに働きまくった。
どう考えてもバランスの取れたガムシャラさではなかった。
これがいい具合に落ち着いてくれればと思ったが、その後に急に抑うつ状態に陥ってしまった。
この時に私はあの自己啓発セミナーで、けなされけなされ、褒め上げられて、けなされけなされ、最後は優しくさせられて、結局人格が崩壊してしまったのだと思った。
私は自分の意志で参加したから耐え抜いたし、それを誇りに思っていたが、私に参加を薦められた彼は、自分から「行きたいです!」と意思表示したとは言え、社長の私から言われたら断れない立場だろう。
だから、あの地獄のような環境と合宿という逃げられない状況で、しかも私の手前、そして真面目で頑張ってしまう彼だからこそ、すべてを受け止めてしまって、精神的におかしくなってしまったのだと思う。
それに気づいた時、私は本当に後悔した。
そして自分の愚かしさを。
自己啓発セミナーの恐怖としてよく言われることで、実際に人格を完膚なきまでに崩壊させられて自殺した人、中毒と依存のあまり破産したり、TOSHIのように洗脳された人や、セミナー側に監禁された人もいる。
私は彼の精神状態が心配になった。
心を尽くしてケアをしたが、挙動のおかしさが治まってくるまで時間がかかった。
その後遺症は私が岩波先生の力を借りるまでは完全に治りきっていなかったと思う。
彼も私のことを少しも責めていないし、いい経験ですと言ってくれたが、私は未だに後悔と申し訳無さをもっている。
ああいう人格攻撃型の自己啓発セミナー(最後に優しくしたり褒めたりする手法は実にあざとい!)で、自殺まで行かなくても、今だに不眠症状態、抑うつ状態、あるいはうつ病になっている人が多い。
いくら自分を変えたいと思っていても、変える手法があまりにお粗末、あるいは悪意があるセミナーは絶対にオススメしない。
私の大失敗は糧にして、みなさん自己研鑽と自己啓発に、お粗末なセミナーに依存せずに頑張ってください!
自己啓発セミナーが日本に導入したのは、自己啓発先進国アメリカから。
マルチ商法、ネットワークビジネスの参加者を熱くして育成するために、その関連会社が持ち込んだものだ。
だから、今でもネットワークビジネスやマルチ商法はやたらセミナーを開催して、自己啓発を行っている。
常にセミナーを行うことで、言い方は悪けれどカモを生み出す。
その中から本当に一握りの優秀な人間だけが、ネットワークビジネスの勝者となる。
だがネットワークビジネスで頂点付近に行く人間は、何をやってもいい成績をあげられる人間だと思う。
だからいくらネットワークビジネスですごいと思う人がいたとしても、自分がそのセミナーを受ければそこまで成長できると思わないほうがいい。
つまり、自己啓発セミナーはマルチ商法、ネットワークビジネスと密接に関連しているものだったから、胡散臭いものが多いのも頷ける。
自己啓発セミナーは胡散臭い、怪しい、詐欺だの何だの言われやすいのも、そこから波及してカルト宗教だったり、ライフスペースとかXのTOSHIの洗脳騒動だの色々とあったからだろう。
しかし、自己啓発・自己研鑽・自分磨きそのものはやらなければいけないものだと思う。
要は方法である。
成功するにもお金持ちになるにも自分を高められない人間がなれるわけがない。
だから、自己啓発と言っても、怪しげなセミナーと自己を啓発、研鑽する行為は別に考えなければならない。
自己啓発という言葉が独り歩きして、その言葉そのものが悪い意味に完全にすり替わってしまったら、自分を磨くことがダメなことを思う若者も出てくるかもしれない。
自己啓発セミナーがいかにレベルの低い技術で、参加者の心を無理やり熱くさせたり、感情を崩壊させたり、催眠状態にさせて、『変化感』を演出しているか知るべきだ。
コーチングが上手いセミナー主催者は、言葉の力と会場の演出と踊りや煽りや人格攻撃や褒め殺しで、参加者の心をつかむ。
それ単体は上手いと思うが、その実人間の心と脳を深く変えるには、あまりにお粗末な手法だ。
そんなものにハイにさせられていたら、成功できる素質の人間も成功できなくなる。
自己啓発は自分を変えてくれるのではなく、セミナー主催者を儲けさせるものであると認識すべきだ。
それに勧誘を無理にして、それまでの人間関係を台無しにしてしまう人も多い。
視野が狭くなった脳は、結局社会では使い物にならなくなる。
成功メソッドの知識は増えても、知識がない人以下の人間になりかねない。
参加しているときだけは高揚感でいっぱいになったこともあった。
そうさせてくれたコーチングの鬼才には、一人の人物として敬意を評したいが、参加者の自分からしたら、脳も心の人生もなんにも変わらない代物だったことに変わりはない。
企業経営者として、私のパワーアップが社員のためにもなると思って、なおさら自己啓発に励んできたものだが、社員を振り回してしまったこともある。
無理に自己啓発を勧めてしまって、かわいそうなことをしてしまったと思う。
人格攻撃、ギリギリにまで参加者を追い込んで自我の崩壊に導き、その後にフォローすることで、参加者を思考停止状態にするという手法を受けさせてしまったことは一生の後悔だった。
これについては後述したい。
この社員はのちに私もお世話になった岩波先生の脳覚醒のプログラムで、精神的にも脳機能も回復して立ち直ってくれたが、いかに人格攻撃型の自己啓発セミナーが人の一生を左右してしまうのか、思い知った。
私もずっと自分探しの旅をしてきた。
自分がわからない、自分のやりたいことがわからない、本当の自分とは何だ?
俺は何のために生きているのか? 存在意義は? これからどう生きていけばいいのか?
すべてがわからない。
だから私は自分探しの旅を海外に求めたし、自己啓発セミナーや様々な精神修行方法に興味持ち、実践してきた。
自分探しの旅は必要なことだと私は思う。
外部の人間が笑おうが見下そうとも、自分がないまま生きている奴らがどう思おうと関係ない。
しかし自分探しの旅には大きな落とし穴があった。
自分を探そう、自分がわからない若者(30代も含む)を自己啓発セミナーに引き込むやり方だ。
マルチ商法やネットワークビジネスに利用される若者も多い。
それで人間関係がもっと悪くなって、自分を完全に見失ってしまうケースは良く聞く。
新興宗教にそれを利用されたりする。
自己啓発セミナーや成功の法則を教えるセミナーは、自分がなく、自分がわからなく、どう生きていいかもわからない人間は、絶好のカモだ。
自分探しと言いながら、自己啓発セミナーでは自己の殻を破らせる風を装いながら、実は自分を無くさせる。
そして判断力を奪い取り、高額セミナーや商材を買わせるのだ。
もともと自分を探している人たちだから、「これが自分の生きる道だ」と思わせやすい。
自己啓発セミナーで芽生える強烈な参加者との仲間意識も自分探しの旅を求める人間を、「俺はここにいていい!」「この居場所こそ俺が探し求めていた約束の地だ」なんてところまで視野が狭くなる。
私もそうなったしよく気持ちがわかるが、実はセミナー仲間の中で居場所を発見しても、人間は基本的に孤独に生きなければならないし、成功したいのならばなおさら覚悟しなければならない。
いつの間に自分探しの旅が『現実逃避』になっていないだろうか?
私の場合、まさに自分が現実逃避だったと思う。
例えば海外を旅して自分探しをすることは悪くないが、それが現実逃避を少しでも含んでいたのならば、ただ変わった気になって何にも変わっていない現実に直面することになるだろう。
アメリカやインドや中南米を放浪しまくったところで、自分が見つかったわけではない。
違う価値観の人たちとふれあい、その土地の空気を吸い、その見聞が広がることは絶対にある。
しかし、「海外をただ放浪すれば、何者でもない、何をしたいかもわからないちっぽけな自分と決別できて、新たな自分に変わってくれる」なんてことはありえない、幻想だ。
自分が変わったのではなく、環境が変わっただけだ。
結局、依存しやすく中毒になりやすい人は、何をやっても同じ結果になるのだと思う。
本気で自分を変えたければ、強烈に行動し努力し具現化しなければならないのに、環境変化だけで自分を変えようとすることの愚。
しかし、自分探しをしようとする若者の熱意は絶対に消すべきではないと思う。
要は自己啓発セミナーやカルト宗教やマルチやネットワークビジネスに、自分探しを悪用され経済的にも時間的にも搾取され続けたり、違法ドラッグや麻薬サークルに参加して社会的な廃人にならなければいいと思う。
自己啓発セミナーを例に取って言えば、実際に「自分探し」をセミナーやその仲間やセミナーのコーチに託して、高額のセミナーに参加し続けて、借金漬けになってしまった人は多い。
現実逃避の自分探しをするとこんな結末になりやすい。
これがカルト宗教だったらと思うとゾッとする。
とは言え、現実的には自分がわからない人だらけの世の中だから、搾取されていく構図は続いていくのだと思う。
私が思うに、自分探しを結局自分の内面以外に求めてはいけない。
外には現実逃避させてくれるサービスや怖い麻薬や違法ドラッグがたくさんある。
自分探しは、結局自分の脳の中にある。
潜在意識下や無意識につまっている。
ただし、普段からそれを見ることができないし、どんなに感情的になっても催眠状態になっても、海外を放浪しても無理だった。
自分の脳や無意識の中には、自分のそれまでの人生が詰まっている。
それは愛情、恐怖、怯え、不安、喜び、感動など渦巻いている。
それが自分だし、それ以外他に何があるのか?
それは言語化されていないものだから、普通の意識ではとらえられない。
理性という大きな壁にブロックされている。
いくら高揚感があっても自分なんて出てくるわけがない。
はじめての感覚だからこその錯乱状態だと思っていい。
私の経験を言えば、自分がはっきりわかったのが、脳内や無意識の奥底に渦巻いていた非言語化された感情的抑圧やそれまで受けてきた喜びや愛情や感動の経験値を、顕在意識に持ち上げさせてもらったときだった。
強烈な気づきだった。
脳内と無意識分野における圧倒的な第一人者の岩波先生の誘導技術を受けたときだった。
岩波先生のプログラムは脳内の不快なゴミを取り除きリセットさせ、脳をクリアにし、更に脳を覚醒させることができる技術を持っていた。
自分の脳内や無意識奥深くへ、さらに深くへ探求させてくれる。
私も自己啓発セミナーなどの経験がたくさんあるから、岩波先生の脳覚醒技術だけが唯一の本物の手法だったと断言できる。
自分がわかるってことは、自分の脳をいかに開くかだ。
ただし、自分探しとか甘っちょろいもので、岩波先生の技術を使ってほしくはないと思う。
岩波先生の脳覚醒技術には、自己啓発セミナーや過去の偉大な先導者が喉から手が出るほど欲しがるほどの究極と言っていい、自分を変えられる技術だ。
洗脳ではない。
あくまで自分の脳の雑音をリセットし、最高にキレキレの脳に覚醒させていく技術で、先生の思想を植え込むことはしない。
自主性が何よりも大事にしているプログラムだ(自主性と主体性がない人間は断られると思った方がいい)。
岩波先生の技術だけは別格だ。
潜在意識を変えるとか、変えられるとか言っていることが、本当に甘っちょろく感じてしまう。
できもしないことを偉そうに講釈たれるのならば、現実にやってみろといいたい。
誰でもできていない。
一度先生の技術を受けたら、そんなことは絶対に口に出して言えなくなるはず。
自己啓発セミナー 、自己実現セミナーなどには沢山の種類がある。
結局、世界最高峰と言われる自己啓発セミナーですら、低レベルな手法で「その気」にさせるだけで、コーチング能力が優れていただけの話で、潜在意識の書き換えることなんてできやしなかった
それらのセミナーの中でも、やたら褒めまくって、ポジティブ思考、プラス思考にしてくれて、「俺はできる! 俺はやれる! 俺はそういう人間だ!」と思わせる方法がある。
褒めたりけなしたりをお互いに永遠にやらせる方式も含めると非常に数多い。
普段から褒められ慣れていない人ほど、セミナーに参加して良かった! 感動した! と思って、上級のセミナーにまたいい気分を味わいたくて参加するようになる。
まあ、人格否定攻撃、自我の崩壊攻撃をしてまともな理性と感情と自我を崩壊させる方法より、何百倍もマシだが、ここにも大きな弱点がある。
参加者同士で褒め合ったり、コーチに褒められたりして、はじめて自分が「できる人間」かもと思ってしまう。
普段から自信がない人や、成功実現・自己実現へのイメージがない人は、行動力が湧いた気になる。
自分はできる人間っぽいから、リスクを恐れずに行動しようと一瞬思える。
いや、セミナーに参加して、褒めてくれる仲間に囲まれているうちは…
セミナー参加者は、はじめての場所と雰囲気と経験により、気分が高揚している感覚や心もウキウキして海外旅行で羽目をはずす旅行者のように警戒心が無くなっていく。
更に気持ちよさの麻薬を味わうために上級の高額セミナーに財布を搾り取れることになる。
褒めて貰いたい、いい気分や高揚感を味わいたい、自分はできる人間だと思いたいという気持ちの人間が、まず厳しい競争社会の中で、成功できるわけがない。
そんな甘ったるいことをしているから、いつまでも自己啓発セミナー系のカモにされている。
成功するためには自分が、言葉が悪いが、お金を吸い上げる側に立たなければならないのに、何をやっているんだ?という話だ。
私もそのセミナーの罠に気づいてからは、とことん意識改革をして、認識と見通しの甘い、他者に依存しやすい自分をぶち壊した。
そこから、孤独を覚悟し、リスクを覚悟し、会社を興し、起業を成功させることができた。
とにかくモチベーションを高く持って行動すればいいという盲目的な行動パターンから、結果を出すに至るシミュレーションを完全に描き、潜在意識からそう思い込むことで現実に成功することができた。
それどころか、一生懸命働いて稼いだ金を、自己啓発セミナー主催者側に貢ぎ続けていたのかもしれない。
成功できない理由を、社会が悪いとか、運が悪いとか、何かに責任転嫁をして生きてきたのかもしれない。
自分をしっかり持っていない人間は、すぐセミナーの罠にハマり続ける。
何度も参加したくなる。
成功するためには厳しい現実を受け入れ、来るべきリスクも承知で、失敗しても最終的な成功まで、苦しかろうが傷つかろうが将来が不安でたまらなかろうが、貫き通す意志の力も必要だ。
上っ面の意志の力ではなく、潜在意識、無意識がそれにすべて書き換わっていなければならない。
それを褒めまくられたからって、できるを思わせてくれたからって、セミナー会場を出たら、ただの何もない孤独な人間だと認識させれる。
そんな人間には、社会は褒めてくれることはない。
逆に潰しにかかるだろう、そんな甘い社会ではない。
成功したいが成功できていない奴らがほとんどだ。
夢から覚め、現実を直視する勇気がないと、成功どころか、失敗し続けて何もうまくいかない人生になってしまう。
自己啓発セミナーで、願望実現とか潜在意識が夢を実現させてくれるとお粗末なことをよく言っている。
願望実現系のセミナーは、毎日夢や願望を唱えたり、強く思い浮かべたり、ひたすら書き出すことで、潜在意識に浸透し、ほんとうに夢が叶う、願望が実現するというものだ。
夢を書き出すことで、自分の中の願望が明文化されてはっきり意識できるということでは、ただあこがれとして思い浮かべるよりかはマシだが、脳の上っ面でやっているから結局願望実現できないし、潜在意識にかすかってもいない。
いちばん大事なことを忘れていませんか?っていうことを言いたい。
願望実現には行動しかないことは皆が認めているところだ。
だから、夢を見ているだけじゃ、願望は達成されないこともわかっているはず。
しかし、人は楽をして、効率の一番良い方法で目標を叶えようとしてしまう。
成功するためには、行動をしろ、それしかない。
しかし、やみくもに行動してもいけない。
とりあえず行動しろ! という自己啓発セミナーも、一部正解だが的外れでもある。
迷える子羊がもっと迷える老羊になってしまう。
とにかく行動することは考えているよりも100万倍尊いが、自分の中でシミュレーションがしっかりしていないで動き回っていると、必ず行きあたりばったりになってしまう。
とにかく闇雲に進んでいると、行き止まりに当たる。
今度は右に行くといつの間にかスタート地点に戻っている。
今度は左に行くと樹海の中で迷って戻れなくなる。
もがいてももがいても出口が見えない。
いつの間にか道に出ることがゴールになっている。
それがその人の成功になってしまっている。
そもそも高い目標を達成するための行動ではなくなっている。
自分が助かるためだけの行動だから必死だけど、成功は絶対にできない。
エネルギーと脳の使い所が完全に間違っているからだ。
それに樹海に迷い込まなくとも、成功の階段を登れずにウロウロしている事自体、モチベーションが続かない原因だ。
いつか心が折れてしまって、二度と立ち上がることも出来なくなるだろう。
あるいは別の自己啓発セミナーでカンフル注射を打ってもらうしかない。
そこで私のようなカモがまた生まれる。
自己啓発セミナーに行けばなんとかなると思っていたら、こういうことになる。
そうかんたんに潜在意識なんて変わらないし、そんな技術もない。
行動しても、脳が覚醒していない限り、動いた割にはぱっとしないことになる。
自分を結局信じられるかどうかになる。
自分を信じきれない人間は、どんなに頑張っても成功はできない。
自分を信じるためには、自分の能力、感覚、直感、資質を認めてあげなくてはいけない。
いくら「自分はできる!」と言い聞かせても、潜在意識に到達する前に理性で吟味され、暗示が入らない。
これらの失敗を私は誰よりも重ねてきたと思う。
なぜ自分が変われなかったのか、突き抜けることができなかったのか、はっきり悟ることができたのは、本物の脳を覚醒させる技術に出会ったからだ。
覚醒している自分の脳、自分の資質、感覚、直観力すべてを私は信じることができた。
なぜなら実際に私がそう強く実感しているからだ。
信じたいとか強く思おうというものじゃなく、そう思えている、そういう実感をしている自分に気づいているから、それは真実だ。
だから自分を信じきれるようになった。
同時に、これまで私が血道を上げてきた潜在意識とか願望達成とかそういうお題目のレベルの低さに呆れるようになってしまった。
昔の私は本当に愚かだった。
だからこそ、本当に脳を、自分を、人生を変える方法に出会った時は、至上の喜びだった。
脳の上っ面しかかすることができない自己啓発セミナーのメソッドとは別次元で本当の技術に出会えた。
脳や無意識の一番深くから、世界のどの手法よりも衝撃的な実感を伴う信じられない技術があった。
そこから私のしてきたことの低レベルさがよくわかった。
失ってしまった時間は取り戻せないが、これからの時間はそれ以上の成果で取り戻せばいい。
しかし、自己啓発の罠に気づかないままだと、時間と成功機会を失い続けることになる。
いくら海外でアンソニー・ロビンズのセミナーを受けてきたとしても、自己啓発セミナーの求道者になっても、そんなことに誇りを持っていた自分が恥ずかしかった。
そして、自己啓発セミナーがまやかしで、まやかしを作るためにセミナーを行い、参加者からお金を搾り取ろうとしていたことに気付かされた。
自己啓発セミナーの巧妙な手口に踊らされてきた人たちへ、本気で自分を、脳を、人生を変えたければ、絶対に受けたほうがいい脳を覚醒させる誘導技術がある。
ぜひそれを受けてから、自己研鑽、自己啓発に励んで欲しい。
これまでの常識と思い込みと狭い視野が何だったのか、ショックを受けることになる。
別に私は低レベルなもの、偽物や虚飾したり大きく見せなければならないメソッドや技術を大げさに薦めているわけではない。
本物を純粋に薦めている。
嘘偽りも誇張も盛っているわけでもなく、世界最高の強烈な実感をもたらす脳覚醒トランス技術を体感したら、それこそ人生観が一変すると思う。
自己啓発観なんて当たり前のように変わっている。
この強烈な実感の世界こそが、腑に落ちるなんてレベルではない次元で、あらゆることを悟れる精神状態と脳覚醒状態をもたらしてくれる。
私も思い知ったことだが、成功できる人間はとことん孤独だ。
そもそも経営者やトップは孤独だとよく言われるが、成功を追い求めていて、実際に成功できる人間は孤独だ、孤独を受け入れている。
そうじゃないと成功できない。
自己啓発セミナーに参加して、そのセミナーが役立たずに終わっても、意識が高い系の参加者と出会うことは、人生の財産になると考えているのかもしれない。
しかし、成功するためには群れていてはいけない。
人間が成功できる時は本当に孤独だ。
孤独じゃないと成功できない。
誰も自分の心情が分かっていない状態でも行動し続けられるから行動できる。
誰も自分の考えについていけない、あるいは自分の考えを頭でかすめもしないことを成功者は考え出し、行動する。
そこに意識が高い系の仲間なんて存在しない。
またそういう人間から刺激を受けようと思っている時点で、成功できない人間に成り下がっている。
人は頼りにならない。
頼りにできるのは自分だけしかいない。
これは私は思い知ったことだった。
私が自己啓発セミナー通いに熱心だった頃、やはり意識が高く、理想に燃え、時間とお金をかけまくる勉強熱心で高みを目指す人と出会うことが楽しみだった。
仲間がいれば、自分も何かできそうな気になっていた。
だがこの考えは大間違いだった。
意識が高いのも結構、勉強熱心で成功したい意欲に燃えていることも結構、それはそれで刺激にすればいいが、所詮彼らは自己啓発セミナーのカモとなっている人だ。
自己啓発セミナー主催をしている人間のほうがまだマシなくらいだ。
視野を狭くしている主催者側と、意欲も意識も高く、勉強熱心な視野を狭くさせられている側、どちらが成功に近いだろうか?
別に自己啓発セミナー主催者を褒めているわけではなく、意識高い系と群れても大したことにはならないということを言いたい。
成功する時は仲間がいたとしても、究極には一人だ。
成功とは人がやっていることをそのままやることではない。
そんなものはただの追随者だし、誰でもやることだ。
成功は誰もやっていないことをやり、誰もやっていない発想で動き、誰も思いもかけなかったことをやることだ。
そこは孤独な闘いだ。
自分しか見えていない世界に身を投じなければならない。
皆は別のところを見ているが、自分ひとりだけ見ている世界は誰もそこにいない。
自己啓発セミナーで仲間を増やそうとすること自体、孤独に闘いたくない証拠だ。
群れの中にいて、意識高い系に引き上げてもらおうという依存根性だ。
それにいくら成功に向かって燃えていても、ただのモチベーションバカかもしれない。
そんなものと群れていて、自分の可能性を減らすことはない。
そんな人間が小さく見えなくては絶対に成功できない。
なぜ自分を変えたいと思うのか?
そして自己啓発セミナーや成功哲学セミナーに高額のお金を払い続けるのか?
それは自分の意識の力でも、本を読んだりDVDで勉強しても絶対に変えられそうにないものが自分の中にあると感じるからだと思う。
自分を変えようとしても、自力では難しいと誰よりも知っている。
意識していなくても。
皆自己啓発本を読んでいる。
読んでいない者はいない。
そして自分なりに変わろうとしただろう。
それでも変われない。
変わる方法が見つからないから、また自己啓発本を読む。
自己啓発本を読みまくる人間はまさに誘いやすいからだ。
あるいは無料か安い参加しやすそうなセミナーに参加してみる。
そして、自己啓発セミナーのダンス、絶叫、人格否定攻撃、褒め殺し攻撃、父母愛情感謝攻撃などによって、いつもの自分と違う感覚を味わう。
上っ面をかすめるぐらいのレベルなのだが、本を読んでいるのとは明らかに違う体験をしていると錯覚する。
自分の殻が破れた!と錯覚させる。
それがとてもうまい!
技術的レベルはお粗末なものだが、無知な人は騙される。
生まれて初めての自分に感激する参加者たち。
そこに皆で頑張ろうぜ!的な参加者特有の一体感も生まれる。
自分は孤独ではない、仲間がいる、素晴らしい仲間がいれば怖くない!
仲間意識だけでなく、セミナーの集団心理でも脳が騙される。
もちろん自己啓発セミナー主催者側の巧みなコーチング能力、煽り能力も欠かせない。
これらの合わせ技で、変わりたい、人生を変えたいと願っていたことが達成している瞬間を錯覚する。
すごいと思う。
だが全然すごくない。
その証拠にすぐその高揚感は消え失せてしまう。
一人になってみたら、何にもかわれていない残酷な事実に気づく。
そのうち、何日がしたら気が抜けた状態が続いてしまう。
一瞬の自分の殻を破っている高揚感と引き換えに、いちばん大事な生きる活力まで失ってしまう。
成功するにはエネルギーが必須だ。
脳のエネルギー、体のエネルギー、精神的なエネルギー、これがすり減っている自分に気づくはず。
それを補充するために、自己啓発セミナーに通ってしまう罠を自分で気づかなければ大変なことになる。
私は偉そうにこう書いているのも、私がその罠に陥っていたからだ。
私の失敗を繰り返す道理はない。
人生は一度なのだから、なるべく失敗の時間を切り詰めて、成功に向かって行動して欲しい。
自己啓発セミナーで失敗しているところで、更に依存してしまう罠にはまって、自己啓発セミナーで失敗を重ねていくのを見るのは耐えられない。
自分の殻を破る方法に出会いたくても、上っ面をなぞる方法では無理だ。
自己啓発セミナーにもっと脳の深層から変える技術を有するところはどこにも存在していなかった。
だからいつまでも成功と変化の幻想を見るのはやめにしよう。
再びアンソニー・ロビンズを例にして申し訳ないが、彼のセミナーの方法を検証したい。
くれぐれも言っておきたいが、私は彼をすごく尊敬している。
なぜ彼の名前をことあるごとに出すかというと、彼の自己啓発セミナーが世界の頂点だからだ。
つまり彼の自己啓発セミナーの盛り上がりが世界最高だということ。
そして、なぜ彼のセミナーはあそこまで盛り上がるのか?
アンソニー・ロビンズの作り込みやカリスマ性、コーチング能力が一流だからだが、彼のセミナーを通して、自己啓発セミナーというものの実体を紐解いていきたい。
彼のセミナーは参加したからよくわかるが、興奮状態、高揚状態に参加者をするために、踊らさせたり、叫ばせたりして、ある種の理性崩壊状態を作っていく。
まるでロックコンサートのようなノリで、踊り狂ったり飛び跳ねている。
その目的は理性を制限させ、会場の雰囲気で一種の催眠状態に誘導し、冷静な判断力を奪うことにある。
これは集団であればあるほど威力を発揮する。
だから数は力だ。
しかし、やり方としては陳腐だ。
世の中には催眠術や催眠療法があるが、あまりにレベルが低いものばかり。
潜在意識や無意識に働きかけて、変えていくやり方だが、私も受けたことがあるがどれも低レベルだった。
催眠というものは100%存在していることは保証するし、人間には普通の意識ではないもっと深い意識があることもたしかだ。
だが、人間の潜在意識や無意識に働きかけることがとても難しい。
それが真に出来る人間は皆無に等しいぐらい難しい。
だが、理性を制限させることはどんな技術がない人間でも可能だ。
それが踊らせる、叫ばせる、飛び跳ねさせる方法だ。
ディスコ・クラブ状態にすればいい。
大きな音やフラッシュ、そして群衆がいればいい。
そしてカリスマ性のある人間が登場したら、参加者の理性はふっとばされる。
しかし、それは子供騙しのテクニックだ。
されど、子供騙しのテクニックで騙されるほど、人間の脳は実はお利口ではない。
潜在意識から変えることができないのに、出来る風を装う。
一時的な気分の高揚と興奮状態を、人生が変わっていく瞬間のように装わせる。
とても良くできたからくりである。
だが、真に潜在意識から変わる方法ではないことはもうわかっていると思う。
怖い点を一つ書きたい。
潜在意識をどうにか変化させようと無理やり人を追い込んだ時、人は精神崩壊を起こし始める。
拙いやり方で人の心や感情を捻じ曲げようとすると、反動で一時的に人間は感情的になる、自分が秘めていた力が一瞬出たと錯覚する。
だが、それは精神崩壊前の打ち上げ花火のようなもので、鬱状態に陥って、下手するうつ病→薬漬け、自殺未遂コースとなりかねない。
潜在意識ですらそれぐらい困難なのだから、もっとふかい無意識をコントロールすることは超一流コーチでも不可能だ。
人が変われるのは潜在意識と一緒に意識も変わるということだと思う。
たくさんの自己啓発セミナーを受けてきた思ったのは、例えばアンソニー・ロビンズに関して言えば、彼は本物だったことは間違いない。
だが、アンソニー・ロビンズの自己啓発セミナーが本物かと言われれば、違うと言いたい。
本人がいくら大物であっても、成功できる脳に変えられるかというとそうではない。
潜在意識を変えていると思っている自己啓発セミナー参加者の気分の高揚は、一過性のもので麻薬みたいなもので、しかも脳の上っ面しかかすっていないものだ
踊って気分が高揚したからと言って、クラブで踊り狂っている奴らが覚醒しているかと言われたら全くそんなことはない。
ただハイになっているだけだ。
そのハイになっていることを覚醒していると思わせるのが、自己啓発セミナーのやり口である。
あまりに薄っぺらだ。
もう一度いうが、アンソニー・ロビンズはすごい人物だ。
ただしやり口としては軽い、流れる、ハイになる、それだけだ。
彼の言っていることもすばらしい、成功の法則とはかくあるべきものだと思う。
だが、脳には響かない。
知識で知るだけだ。
実際にセミナーに参加して彼のコーチングを聞いても、その時は頷くことばかりで納得するしかない、
モチベーションも上がったし、それしかないと思える。
しかし、その時限りで皆忘れている。
あとで本を読んで「ああ、そうだ!」と思い出す。
そこでまた刺激を受ける。
こんなことを繰り返してしまう。
いったいどれだけ同じことを繰り返してきたのだろう、また同じことを繰り返していくのだろうか?
成功者はそんなことを絶対にやらないことは、誰よりもわかっているはずなのに、自己啓発と自己研鑽の鬼になって頑張っている人たちは、成功できないことばかり続けてしまう。
結局自己啓発セミナーのコーチ達は一流と言われる人であっても、口はすごく達者で聴衆の心をうつことができても、脳を変える技術、無意識下から変えてくれる技術を持っていないことに尽きる。
脳覚醒トランス技術という脳内と無意識下から変革させる技術に出会ってからは、あまりのレベルの低さに、本当に辟易してしまった。
実感からして違う。
脳内の原始的な感情から火がつく脳覚醒トランス状態と私が自己啓発セミナーでマックスに気分が高揚したときと比べたら、大げさではなく100万倍の差があった。
脳をダイレクトに変化を与えてくれる、脳の可能性を劇的に引き出してくれるという観点から言ったら、自己啓発セミナーのコーチ達は一流であっても、口八丁手八丁どまりだ。
だから口と演出と集団心理を利用し、感情的に高ぶらせる方法と非日常的空間を提供することで、脳を変えたように錯覚させる。
たしかに感情が大きく動いている時に、人は自分を変えられる。
自分が変わる時は感情が激動しているはずだ。
しかし、感情には深さがある。
踊り狂って歌い来るって、場の雰囲気にのせられている人は、非常に浅い感情で高揚しているに過ぎない。
だからなんにも残らない。
だが脳内麻薬がうっすら出ているし、日常にないすごい体験だと思ってしまうから、また変わりたい、あれを続ければいつか変われるという「奴隷の心境」に陥ってしまう。
本当に自分を変えたいのならば、自己啓発セミナーに期待してはいけない。
本当にそう思う。
アンソニー・ロビンズが日本に初上陸した時、私は幕張メッセのセミナーに参加した。
しかし、最初に受けた時の気持ちはすっかり消え失せていたし、でも一応参加しようと思った。
そしてわかった。
あの雰囲気にはうんざりした。
イライラした。
おそらくセミナーにではなく、自分にだと思う。
自分にすごく嫌悪感を持ってしまった。
あのセミナーに明るい未来は確かにある。
しかし参加者にではない。
未来があるのはアンソニー・ロビンズや演説したコーチ陣たちだけだ。
このブログの筆者のTAMAMORIです。
企業経営者を現在はしています。
意識が高く、人生も自分もこのままでいいはずがないという危機意識を持っているパーソンが、自己実現のために自己研鑽や自己啓発を取り組むと思う。
好奇心と向上心が旺盛な人が多いように感じる
人生に何ら目的意識も成功願望もない人間は自己啓発をやる必要性がない。
それに比べたらなんと素晴らしい人達なのだろう。
しかし素晴らしいからと言って、成功できていない人がほとんどであるし、人生がうまく行っていないと感じる人も多いだろう。
どんだけ勉強好きで自己研鑽・自己啓発に熱心でも、方法を間違えたら何にもならないということを書いていきたい。
私は起業したての頃、それまでの貯金を注ぎ込んで、かなりセミナーに通いつめた。
経営者セミナー、自己啓発セミナー、成功哲学セミナー、営業セミナー、アンソニー・ロビンズのセミナー、コーチング・セミナー、起業セミナーなどなど。
東京、千葉、横浜、名古屋、京都、大阪、アメリカ合衆国、イギリス連邦と。
セミナーで何かを学ぶのではなくいつの間にかセミナーを受けることが目的にすり替わっていった。
自己啓発セミナーでもなんでもそうだけど、セミナーってとても心地よく一体感を得られ、まあ言ってみれば快感を得られる。
セミナーに快感を得られない人間は、一回きりで終わるけれど、セミナー中毒になっている人は、また起きるかもしれない快感を期待している。
それは成功するために自分が変わる快感であるべきだけど、これまた気持ちよさだけを味わうことに目的がすり替わっている。
だが、なかなかそんな経験はない。
しかし、脳は覚えている、その快感を。
だから、何度も追い求めてしまうのだ。
自己啓発セミナーの快感を知ってしまったから、その麻薬を求め続ける。
たしかにセミナー会場は傍から見たら気持ち悪いくらいの一体感があったり、
コーチも無責任に「あなたならできる!」と言ってくれたり、自分ができる気になっている。
それは単にのせられているに過ぎない幻想なのだけど、その場の真っ只中にいたら気持ちいい!
セミナー会場で気持ちが高揚して自分が変わった気になれる人はまた中毒者となる。
その麻薬は自分の人生になかったものだし、追い求めていたようなものだと思うからだ。
だけれど、実はセミナー会場で気分が高揚しない人のほうが、成功できる可能性は高いと思うようになった。
のせられたら最後、それはセミナー主催者側のカモにされているということなのだから。
私はかつてアンソニー・ロビンズのセミナーに100万円を払って海外に参加したことがあるが、アンソニー・ロビンズはまさにカリスマだった。
さすがに第一人者だけある。
あの長身から繰り出される説得力あるパワーは、支持者が多いのも頷けた。
しかし、今冷静になって思い返せば、アンソニー・ロビンズのセミナー会場の雰囲気は気持ち悪い。
当時は私も熱狂していた人間だったから、今更こんなことを言う資格はないのかもしれんが、熱狂して泣いたり叫んだり感動している奴らは絶対に成功できないと思う。
信者になることしかできない。
あの一体感の中でいたら、孤独に社会に立ち向かい、成功を収める人間ではなくなる。あの中にいたら、孤独じゃなくなるわけだから救われた気分になるのもわかる。
自分は一人じゃないと思えることの安心感。
だが、それは成功の法則とは全く真逆だ。
人間はどこまでも孤独で一人だけだ。群れて安心している人間に未来はない。
アンソニー・ロビンズはど偉い、しかし彼に熱狂したら、彼がもっとすごくなるだけで、自分の価値はその分だけ減っていると思ったほうがいい。
千葉の幕張メッセでのアンソニー・ロビンズのセミナーにも言ったが、その時は大分冷めていた。
これが自己啓発セミナーの神髄か、アンソニー・ロビンズの話術かと冷静に見られるようになっていた。
話は脱線してしまったようだ。
どんなセミナーであれ、気分が高揚する、自分が自分でないような、新しい自分を発見しているような感覚に陥る。
しかし、その翌日、いや人によっては二日後か三日後ぐらいかもしれない。
急激なエネルギー切れになっていないだろうか?
言い知れぬ疲労感、落ち着かなさ、言い表しようがない不安感、それらが入り交じったような感覚だ。
あの時の感覚が空虚なもので一過性で終わっている。
結局は麻薬を吸っていただけ、会場の雰囲気に飲まれていただけだと私は思う。
幻覚を見ていた、幻想に浸っていたに過ぎず、現実の自分の何にも変わっていない。
変化ないどころか、妙な疲労感がある。
一時的な快楽のために、長期的な人生の疲労をもたらしたようなものだ。
自己啓発セミナーの罠を知らない人間は、疲労感と突き抜けられない停滞感が嫌でさらに自己啓発セミナーの餌食になっていく。
成功できないし、成功できるエネルギーまで奪い取られる。
セミナー主催者が奪い取っているのではない、一過性の快楽と引き換えに、自分で何処かに捨ててきているのだ。
これに気づかない限り大変なことになる。
世の中には参加者をはめるビジネスがたくさんある。
ギャンブルのすべて、特にパチンコ屋がそうだ。
射幸心を煽る工夫をしまくっている。
そして生活保護者だろうが、闇金ウシジマくんのカウカウファイナンスで借金を重ねようが、パチンコ中毒になっている。
自己啓発本も同じようなことばかり書いてある。
何の進歩もない。
だから、自己啓発セミナーに参加することもないし、自己啓発本で成功の秘訣を新しく得ようとしなくてもいい。
やると人生が詰む。